
松本コンチータ
まつもと コンチータ / MATSUMOTO CONCHITA
1993年にAVデビューし、わずか約1年の活動ながら、その奇抜な芸名と強烈なキャラクターで1990年代前半の深夜テレビ文化にまで飛び出した松本コンチータ。デビュー直前にはフジテレビの大型特番でダウンタウンと共演し、松本人志から「松本」の姓を使わせてもらったという異色の経歴を持ちます。AV引退後は自ら「マルチ・エロ・アーティスト」を名乗り、映画、Vシネマ、テレビ、音楽、声優、ゲーム、イベントなどへ活動を拡大。北野武監督『みんな~やってるか!』、塚本晋也監督『TOKYO FIST』、犬童一心監督『二人が喋ってる。』などにも出演し、AV女優という肩書だけでは収まらない独特の90年代サブカルチャー的人物となりました。
- スリーサイズ
- B84 / W58 / H84
- AVデビュー
- 1993年
- その後
- 映画・音楽・TV
現在確認できる活動状況
CURRENT STATUSAV出演は1994年で終了。その後は映画・Vシネマ・音楽・テレビ・イベントなどへ活動を広げました。近年については本人による継続的な公的活動や、本人運営と確実に確認できる公式SNSの情報が限られているため、現在の私生活は推測せず、確認できる活動記録を中心に紹介します。
AV活動は1994年で終了
1993年末にデビューし、1994年に複数の作品を残した後、AV女優としての活動を終了しました。
引退後は映画へ
1995年以降、『みんな~やってるか!』『TOKYO FIST』『ぬるぬる燗燗』『二人が喋ってる。』など劇場映画にも出演しました。
Vシネマでも活動
『パチンコ無宿』『君といつまでも』『コスプレ戦士 キューティ・ナイト』『ピアスの女』『痴漢白書3』などに出演しています。
音楽作品も発表
ポール牧とのシングルや、本人名義を前面に出した音楽作品も残しています。
声優・ゲームにも進出
OVAへの声の出演や、セガサターン用実写ゲームへの出演など、90年代らしいマルチメディア展開も行いました。
現在の公式SNSは未掲載
2026年8月時点で、本人運営と安全に確認できる継続中の公式X・Instagram等は掲載していません。
松本コンチータのプロフィール紹介
PROFILE松本コンチータは、1973年8月10日生まれ。1990年代前半にAV女優として登場し、その後タレント、映画・Vシネマ出演、音楽、パフォーマンスなどへ活動を広げた人物です。
後年の人物資料では青森県出身とされています。一方、AVデビュー当時は大阪府出身という公称プロフィールで紹介された記録も残っています。
身体プロフィールについては古い媒体による記載差があり、身長について確実に確認できる公称値は今回採用していません。
旧プロフィールではスリーサイズB84・W58・H84という数値が伝えられていますが、活動当時の公称値として参考情報の位置付けで掲載しています。
松本コンチータの人物史で最初に目を引くのは、AV作品そのものより先に芸名誕生のエピソードです。
1993年、AVデビューを控えていた時期に、フジテレビの大型特別番組へ出演。
ダウンタウンが担当する企画の中で松本人志と直接やり取りし、「松本」の姓を使わせてほしいと申し出たことから、以後「松本コンチータ」を名乗るようになったと伝えられています。
そのため「松本人志が名付け親」と紹介されることがありますが、より正確には、すでにあった「コンチータ」に「松本」の姓を組み合わせたという経緯です。
「コンチータ」という響き自体も非常に特徴的です。
後年の紹介では、所属事務所側が考えた性的な語呂遊びをもとにした名前とされ、その奇抜さも本人のキャラクター形成に大きく作用しました。
AVデビューは1993年12月。
初期代表作として確認できるのが、1993年12月22日に発売された『あぶだかだぶら! コンチータの淫らな祈り!!』です。
翌1994年には『コンチータの淫乱超能力 魔法の杖はカッチカチ!』『コンチータの淫乱怪気炎 燃えるエロティカ』など、本人の強烈な芸名とキャラクターを作品タイトルへ直接組み込んだ作品が相次ぎました。
デビュー時から「普通の美少女AV女優」として売り出されたわけではありません。
むしろ、名前、発言、キャラクター、テレビでの立ち振る舞いを含めて、一人の異色タレントとして強く印象づける売り方が行われていました。
本人は自ら「マルチ・エロ・アーティスト」を名乗りました。
さらに「世界マラナメ教教祖」という突飛な肩書まで使用し、当時の深夜テレビ文化と非常に相性の良いキャラクターとして知られるようになります。
1990年代前半は、AV女優が深夜テレビやバラエティ番組へ出演することが現在より珍しくない時代でした。
しかし、その中でも松本コンチータは「作品で有名になってテレビへ行った」というより、AVとテレビで同時にキャラクターを作っていったタイプに近い存在です。
テレビ東京系の『超恋愛遊戯』、テレビ大阪『こえぴょんフーZ』、よみうりテレビ『たかじんnoばぁ〜』、サンテレビ『おとなのえほん』、フジテレビ『殿様のフェロモン』などへの出演記録があります。
AV活動中の1994年には、NHK教育テレビの番組への出演予定が収録後に取りやめとなったというエピソードも伝えられています。
当時、AV女優という肩書と一般テレビの境界がどこにあるのかをめぐって話題になった出来事の一つです。
一方、本人はAV作品について必ずしも満足していなかったとされます。
短期間の契約が終わる段階で、本人がベテラン監督の豊田薫を指名し、よりハードな内容を持つ最終作品の制作を希望したという逸話が残っています。
その結果として1994年10月22日に発売されたのが『ラジカル・ファイナル 排尿と拝尿』です。
デビューから約10か月。
AV女優としての活動期間だけを見れば非常に短いものでした。
ところが松本コンチータの場合、AVを離れた後のほうが活動範囲はむしろ広がっていきます。
1994年には写真集も刊行されました。
宝島社から発売された『松本コンチータ写真集』は、山田崇博が撮影を担当。
当時のテレビ出演などによって「キワモノ的キャラクター」として知られていた本人を、一人の被写体としてまとめた写真作品となっています。
同年には音楽にも進出。
コメディアンのポール牧との「ポール牧 with 松本コンチータ」名義でシングルを発表しました。
AV女優がCDを出すこと自体は珍しくありませんが、ポール牧というベテラン芸人との組み合わせは、松本コンチータらしい異色の展開でした。
AV引退後は映画・Vシネマへ本格的に活動を広げます。
出演作の一つが、北野武監督の『みんな~やってるか!』です。
1995年には『パチンコ無宿』『君といつまでも』『コスプレ戦士 キューティ・ナイト』など複数のオリジナルビデオへ出演。
『コスプレ戦士 キューティ・ナイト』では、エンパイヤ幹部・シレーヌ役として出演しています。
同年の『TOKYO FIST』では、塚本晋也監督作品へ団地の住人役として参加。
AV出身タレントが話題性だけで一度映画へ出るのではなく、異なる監督・制作会社の作品へ継続して出演していたことが分かります。
1995年のVシネマ『ピアスの女』では、寺島進、風吹あんならと共演しています。
1996年には西山洋一監督の映画『ぬるぬる燗燗』へ出演。
同年には『どチンピラ14 鉄砲玉の情事』『痴漢白書3』などのオリジナルビデオにも出演しました。
活動は実写だけではありません。
OVA『ヴィジョナリィ~あなたの夢かなえます~』と、その続編『ヴィジョナリィ2』では声の出演を経験しています。
AV女優からテレビタレント、映画、Vシネマ、さらにアニメ声優まで進んだ人物は多くありません。
1996年には再び音楽作品も発表。
『小さな竹の橋の下で』などをリリースし、本人の活動は映像作品だけではなくなっていきました。
1997年にはセガサターン用実写アドベンチャーゲーム『天城紫苑』にも出演。
CD-ROMや実写ゲームが広がった90年代ならではのメディア展開です。
同年には犬童一心監督の長編映画『二人が喋ってる。』にも出演しました。
『二人が喋ってる。』は女漫才コンビを題材とした作品で、多数のお笑い関係者が出演。
「松本」という芸名のきっかけがダウンタウンだった人物が、数年後にはお笑い文化を描く映画作品へ出演しているという点でも興味深い経歴です。
こうして並べると、松本コンチータはAV作品だけで評価すると人物像を見誤ります。
AV女優としての活動は1993年末から1994年まで。
しかし、本人の名前が映画・Vシネマ・テレビ・音楽・OVA・ゲームまで横断するのは、その後の数年間です。
本人が使用した「マルチ・エロ・アーティスト」という自称は、単なる奇抜なキャッチコピーではありませんでした。
実際の経歴を見ると、その肩書通り一つの媒体に留まらない活動をしています。
また、1990年代のサブカルチャー的空気を強く感じさせる人物でもあります。
深夜テレビ。
Vシネマ。
8cmCD。
写真集。
OVA。
セガサターンの実写ゲーム。
そしてAV。
現在ではそれぞれ別の市場として分離しているジャンルが、一人のタレントの名前のもとで自然に混ざっていた時代でした。
その意味で松本コンチータは、「1993年にAVデビューした女優」というより、90年代前半から後半にかけて存在した成人文化・深夜テレビ・Vシネマ・サブカルチャーの交差点にいた人物として見るほうが実像に近い存在です。
近年の本人による公的活動については、確実に確認できる情報が限られています。
本人を名乗る現在のSNSアカウントについても、公式と安全に確認できるものは今回掲載していません。
そのため現在の生活や職業を推測するのではなく、1990年代に実際に残された作品、映像、音楽、出版物を中心に人物史を整理しています。
基本プロフィール
PROFILE DATABASE- 名前
- 松本コンチータ
- 読み方
- まつもと コンチータ
- 英字表記
- Matsumoto Conchita
- 生年月日
- 1973年8月10日
- 出身地
- 後年資料では青森県出身
- デビュー時公称出身地
- 大阪府とする記録あり
- 身長
- 確実な公称値は未確認
- 旧公称スリーサイズ
- B84 / W58 / H84
- カップ
- 確実な公称値は未確認
- AVデビュー
- 1993年12月
- デビュー作
- 『あぶだかだぶら! コンチータの淫らな祈り!!』
- デビュー作発売日
- 1993年12月22日
- AV活動期
- 1993年~1994年
- 主なAV作品
- 『コンチータの淫乱超能力 魔法の杖はカッチカチ!』『コンチータの淫乱怪気炎 燃えるエロティカ』『底なし性欲 性食娘』『ベロリン・天使の舌』など
- 共演作品
- 『濡れた放課後 女教師乱れ泣き』『濡れしぐる女豹たち 艶女まんだら』など
- AV最終期作品
- 『ラジカル・ファイナル 排尿と拝尿』
- 最終期作品発売日
- 1994年10月22日
- 活動時の自称
- マルチ・エロ・アーティスト
- キャラクター
- 「世界マラナメ教教祖」を名乗った時期あり
- 「松本」の由来
- 松本人志とのテレビ共演をきっかけに使用
- 写真集
- 『松本コンチータ写真集』
- 写真集撮影
- 山田崇博
- 写真集出版社
- 宝島社
- 写真集刊行
- 1994年
- 主な映画
- 『みんな~やってるか!』『TOKYO FIST』『ぬるぬる燗燗』『二人が喋ってる。』など
- 主なVシネマ
- 『パチンコ無宿』『君といつまでも』『コスプレ戦士 キューティ・ナイト』『ピアスの女』『どチンピラ14 鉄砲玉の情事』『痴漢白書3』など
- 声の出演
- 『ヴィジョナリィ~あなたの夢かなえます~』『ヴィジョナリィ2』
- ゲーム
- 『天城紫苑』
- 音楽
- 「ポール牧 with 松本コンチータ」名義ほか
- 主なテレビ
- 『超恋愛遊戯』『こえぴょんフーZ』『たかじんnoばぁ〜』『おとなのえほん』『殿様のフェロモン』など
- AV引退後
- 映画 / Vシネマ / テレビ / 音楽 / 声優 / ゲーム / パフォーマンスなど
- 現在の公式SNS
- 本人運営と確認できる継続中アカウントは未掲載
活動・経歴
CAREER TIMELINE-
1973.08誕生
1973年8月10日生まれ。後年の人物資料では青森県出身とされています。
-
1993東京でスカウト
短大在学中にスカウトを受け、AV業界へ入ったと伝えられています。
-
1993大型テレビ特番へ出演
AVデビュー直前にフジテレビの特番へ出演し、ダウンタウンと共演しました。
-
1993「松本コンチータ」誕生
松本人志に「松本」の姓を使わせてもらうやり取りを経て、現在知られる芸名となったとされています。
-
1993.12AVデビュー
『あぶだかだぶら! コンチータの淫らな祈り!!』が1993年12月22日に発売されました。
-
1994.01『コンチータの淫乱超能力』
本人の芸名とキャラクターを前面へ押し出した作品展開が続きました。
-
1994.03『コンチータの淫乱怪気炎』
一目で本人作品と分かる強烈なタイトル群も特徴となりました。
-
1994.03写真集を刊行
山田崇博撮影、宝島社による『松本コンチータ写真集』が発売されました。
-
1994.04『底なし性欲 性食娘』
AV作品ではより強いキャラクターとハードな方向性も見せるようになります。
-
1994.04浅倉舞らと共演
『濡れた放課後 女教師乱れ泣き』では浅倉舞、美里真理らと共演しました。
-
1994.06『ベロリン・天使の舌』
短い活動期間の中で複数メーカーから作品を残しました。
-
1994.07ポール牧とCDを発売
「ポール牧 with 松本コンチータ」名義で音楽作品を発表しました。
-
1994.08『濡れしぐる女豹たち 艶女まんだら』
麻宮淳子ら複数の人気女優と共演する作品にも出演しました。
-
1994深夜テレビでキャラクターを確立
「マルチ・エロ・アーティスト」「世界マラナメ教教祖」などの肩書を使い、テレビでも独自の存在感を見せました。
-
1994NHK番組出演をめぐる騒動
教育テレビ番組への出演予定が、収録後に取りやめとなったと伝えられています。
-
1994.10『ラジカル・ファイナル 排尿と拝尿』
1994年10月22日に発売。AV女優としての活動最終期を象徴する作品となりました。
-
1994末AV女優としての活動を終了
AVの新作出演から離れ、「マルチ・エロ・アーティスト」として別分野へ活動を広げました。
-
1995『みんな~やってるか!』
北野武監督の映画に出演しました。
-
1995Vシネマへ進出
『パチンコ無宿』『君といつまでも』など映像作品への出演を重ねました。
-
1995『コスプレ戦士 キューティ・ナイト』
Version 1.0、Version 1.3でシレーヌ役を演じました。
-
1995OVAで声優に挑戦
『ヴィジョナリィ~あなたの夢かなえます~』に声の出演をしました。
-
1995.10塚本晋也監督『TOKYO FIST』
団地の住人役として出演。AVとは異なる映画作品へ活動を広げました。
-
1995.12『ピアスの女』
寺島進らと共演するオリジナルビデオにも出演しました。
-
1996.02映画『ぬるぬる燗燗』
西山洋一監督のエロティック・コメディ映画へ出演しました。
-
1996『どチンピラ14』『痴漢白書3』
Vシネマの出演も継続しました。
-
1996『ヴィジョナリィ2』
OVAシリーズ第2作でも声の出演を行いました。
-
1996音楽活動を継続
『小さな竹の橋の下で』などを発表しました。
-
1997.02セガサターン『天城紫苑』
実写アドベンチャーゲームへ出演し、ゲームメディアにも活動を広げました。
-
1997.08犬童一心監督『二人が喋ってる。』
女漫才コンビを描いた映画作品に出演しました。
-
その後多方面で活動
映画、イベント、音楽など一つのジャンルへ限定されない活動を行ったとされています。
-
現在近年の公的活動は未確認
本人による継続的な公式発信を確認できる情報は限られているため、現在の活動状況は断定していません。
「松本コンチータ」という芸名が生まれた夜
THE NAME姓は「松本」
AVデビュー前のテレビ出演時、松本人志とのやり取りをきっかけに使用するようになったとされています。
松本人志との接点
フジテレビの大型特番でダウンタウンと共演したことが、現在まで語られる芸名エピソードにつながりました。
「コンチータ」
所属事務所側が考案した、性的な語呂遊びをもとにした芸名と紹介されています。
デビュー前からテレビ
AV作品発売より先にテレビでそのキャラクターが紹介された点も異色です。
忘れられない名前
1990年代のAV女優の中でも、一度聞けば忘れにくい芸名が強い個性となりました。
お笑い文化との接続
AVだけでなく、お笑い番組やバラエティ文化との接点を持ったタレントでした。
1993年『あぶだかだぶら!』から始まった短期AV時代
AV ERA 1993-19941993年12月デビュー
活動開始は1993年末。翌1994年に作品が集中しています。
『コンチータの淫らな祈り!!』
現在確認できる初期代表作で、芸名を全面に押し出した作品でした。
奇抜な作品タイトル
「淫乱超能力」「怪気炎」など、本人のキャラクターをそのまま企画へ変換した作品が続きました。
人気女優との共演
浅倉舞や麻宮淳子ら、同時期に活躍した女優との共演作も残っています。
約1年の短期活動
AV新作の中心期間は短く、その後は別ジャンルへ活動を移しました。
作品数よりキャラクター
膨大な本数で伝説になったタイプではなく、人物そのもののインパクトが記憶に残った女優です。
「世界マラナメ教教祖」と深夜テレビの時代
LATE NIGHT TV CHARACTER異色の自称肩書
「世界マラナメ教教祖」という突飛な肩書を名乗り、強烈なキャラクターを作りました。
マルチ・エロ・アーティスト
本人自身がAV女優という一つの肩書に自分を閉じ込めない表現を使っていました。
深夜番組文化
性的な話題を扱う深夜テレビ番組が隆盛だった1990年代前半と強く結び付いた存在です。
あけすけなトーク
飾らない発言とキャラクターが映像作品とは別の人気を生みました。
テレビ出演多数
『超恋愛遊戯』『おとなのえほん』『殿様のフェロモン』など複数番組への出演記録があります。
90年代サブカルの空気
現在では成立しにくいほど自由で混沌とした深夜テレビ文化を象徴する人物の一人でした。
自ら望んだハードな最終作品
RADICAL FINAL1994年AV最終期
デビューから約1年でAV女優としての活動に区切りを付けました。
豊田薫を指名
本人がベテラン監督の豊田薫を希望し、最終作品の制作へ進んだという逸話があります。
よりハードな方向へ
通常の作品とは異なる強い内容を自ら求めたと伝えられています。
『ラジカル・ファイナル』
1994年10月22日発売。タイトル通り本人のAVキャリア最終章を象徴する作品です。
本人の意思が見える作品
契約を消化して終わるのではなく、自分の望む方向の作品を最後に残したという点が特徴的です。
次の活動へ
AV引退は芸能活動そのものの終了ではなく、映画・テレビ・音楽へ移る転換点となりました。
AVから映画・Vシネマへ
FILM & V-CINEMA『みんな~やってるか!』
北野武監督のコメディ映画へ出演し、AV引退後の映画活動を印象づけました。
『TOKYO FIST』
塚本晋也監督作品では団地の住人役として出演しています。
『二人が喋ってる。』
犬童一心監督の長編映画にも出演しました。
『ぬるぬる燗燗』
1996年公開のエロティック・コメディ映画にも出演しています。
Vシネマ多数
『パチンコ無宿』『ピアスの女』『痴漢白書3』など、90年代Vシネマにも活動の場を持ちました。
AVだけでは終わらない
引退後数年間にわたり複数の映像作品へ出演し、タレント・女優として活動を継続しました。
音楽・声優・ゲームまで飛び出した活動
MULTIMEDIA ERAポール牧と共演
「ポール牧 with 松本コンチータ」名義で音楽作品を発表しました。
8cmCD時代
1990年代を象徴する8cmシングルという形でも名前を残しています。
OVA声優
『ヴィジョナリィ』シリーズでは実写ではなく声だけの出演にも挑戦しました。
セガサターン
1997年には実写アドベンチャーゲーム『天城紫苑』へ出演しています。
本当にマルチ
映画、テレビ、音楽、アニメ、ゲームまで活動領域が広がりました。
90年代メディア横断
VHS、CD、OVA、ゲームソフトという当時の多様なメディアを一人で横断した人物です。
写真集に残された別の顔
PHOTOBOOK1994年刊行
AV活動中の1994年に宝島社から写真集が出版されました。
山田崇博撮影
写真家・山田崇博が撮影を担当しています。
宝島社
テレビでの強烈なキャラクターとは違う、写真作品としての松本コンチータが収められました。
大型判
31cm判の写真集として刊行され、現在も国立国会図書館に書誌情報が残っています。
3D写真作品も
1994年には3Dビューア形式の写真作品も制作された記録があります。
キャラクターだけではない
テレビでの奇抜な人物像とは別に、写真集の被写体としての側面も持っていました。
松本コンチータが90年代に残したもの
ENDURING LEGACYまず名前が強い
芸名そのものが一種のキャラクターとなり、現在まで記憶される最大の要素の一つです。
AV期間は短い
AV作品数だけなら長期スターではありませんが、その後の活動によって人物像が広がりました。
ジャンルを混ぜた人
AV、タレント、映画、音楽、アニメ、ゲームという異なる世界を横断しました。
深夜テレビ文化
1990年代の自由で雑多な深夜番組文化を知るうえでも象徴的な存在です。
Vシネマ黄金期
AV引退後には、当時急成長していたVシネマ市場で複数作品へ出演しました。
90年代サブカルの人物史
単なるAV女優名鑑よりも、1990年代のメディア文化史の一人として見ると非常に面白い人物です。
活動時の印象・歴史的インパクト
LEGACY GUIDEAV作品だけでなく、テレビでのキャラクター性、映画・音楽・声優・ゲームへの展開を含め、松本コンチータを象徴する特徴を整理しています。
松本コンチータの関連作品
RELATED PRODUCTS1993~1994年のAV作品、復刻・総集編など、松本コンチータの関連商品を表示しています。
松本コンチータについてよくある質問
FREQUENTLY ASKED QUESTIONS松本コンチータの読み方は?
「まつもと コンチータ」と読みます。英字では「Matsumoto Conchita」と表記されます。
松本コンチータの生年月日は?
1973年8月10日生まれです。
松本コンチータの出身地は?
後年の人物資料では青森県出身とされています。一方、AVデビュー当時には大阪府出身という公称プロフィールも使用されていたとされています。
松本コンチータの身長は?
今回確認した公開資料では、十分に裏付けられる公称身長を確認できなかったため断定していません。
松本コンチータのスリーサイズは?
旧プロフィールではB84・W58・H84という数値がありますが、活動当時の資料による差がある可能性を考慮し、参考値として掲載しています。
なぜ「松本コンチータ」という芸名なの?
「松本」はAVデビュー前にテレビで松本人志と共演し、姓を使わせてもらうやり取りをしたことに由来するとされています。「コンチータ」は所属事務所側が考案した性的な語呂遊びをもとにした芸名と紹介されています。
松本人志が名付け親なの?
一般にはそのように紹介されることがあります。より正確には、すでに「コンチータ」という名前があり、テレビ共演時のやり取りをきっかけに「松本」を付けて松本コンチータと名乗ったとされています。
松本コンチータはいつAVデビューした?
1993年12月にAVデビューしました。
松本コンチータのデビュー作は?
1993年12月22日発売の『あぶだかだぶら! コンチータの淫らな祈り!!』です。
松本コンチータのAV活動期間は?
新作AVへの出演は主に1993年末から1994年にかけてです。
松本コンチータの最終AV作品は?
1994年10月22日発売の『ラジカル・ファイナル 排尿と拝尿』がAV活動最終期を代表する作品として残っています。
「マルチ・エロ・アーティスト」とは?
松本コンチータ本人が用いた肩書です。AVだけでなくテレビ、映画、Vシネマ、音楽、パフォーマンスなどへ活動を広げた本人のスタイルを表しています。
「世界マラナメ教教祖」とは?
活動当時に松本コンチータがキャラクターの一部として名乗っていた独特の肩書です。
松本コンチータはAV引退後も芸能活動をした?
はい。AV活動後も映画、Vシネマ、テレビ、音楽、声優、ゲームなど複数分野で活動しました。
松本コンチータは『みんな~やってるか!』に出ている?
はい。北野武監督の映画『みんな~やってるか!』へ出演しています。
松本コンチータは『TOKYO FIST』に出演している?
はい。塚本晋也監督『TOKYO FIST』で団地の住人役として出演しています。
松本コンチータはVシネマにも出演した?
はい。『パチンコ無宿』『君といつまでも』『コスプレ戦士 キューティ・ナイト』『ピアスの女』『どチンピラ14 鉄砲玉の情事』『痴漢白書3』などへの出演記録があります。
松本コンチータは声優もした?
はい。OVA『ヴィジョナリィ~あなたの夢かなえます~』と『ヴィジョナリィ2』で声の出演をしています。
松本コンチータはゲームにも出ている?
はい。1997年発売のセガサターン用実写アドベンチャーゲーム『天城紫苑』へ出演しています。
松本コンチータはCDも出している?
はい。1994年には「ポール牧 with 松本コンチータ」名義で音楽作品を発表し、その後もシングルを残しています。
松本コンチータの写真集はある?
はい。1994年に宝島社から山田崇博撮影の『松本コンチータ写真集』が刊行されています。
松本コンチータは現在も活動している?
近年については、本人による継続的な公的活動を確実に確認できる情報が限られているため、現在の活動状況は断定していません。
松本コンチータの公式SNSはある?
2026年8月の確認時点では、本人運営と安全に確認できる継続中の公式X・Instagram等は掲載していません。